光徳寺のご紹介
幸福とは、逃げず焦らず怠らず ーとらわれない行き方
一般に「般若心経」と呼び習わされていますが、正しい経題は、「摩訶般若波羅密多心経」といいます。摩訶とは、偉大なとか不思議なという意味で、般若とは、智恵。波羅密多は、完成する、真実に目覚めること。心経は心髄の教えという意味です。これを通して訳しますと、「偉大なる真実に目覚める智恵の教え」となります。さて、ここで大切な教えは”般若波羅密多”詰まり真実に目覚める智恵ということです。真実とは、いわば天地自然の理であり、この世のすべてといってよいのでありましょう。仏教では、漠然としたこれらを集約し「三法印」として示しています。三法印とは、諸行無常、諸法無我、涅槃寂静という、仏教の三つの根本教理を指します。諸行無常とは、あらゆるものは移り変わるということ。諸法無我とは、あらゆるものは、実体がないということ。涅槃寂静とは、この二つの道理に心の底からうなずき、囚われのない行き方をするとき、真のやすらぎが得られるということです。もしかすると、「何だ、そんなことなら分かっている」と思われるかもしれません。しかし、これは一見、簡単な教えの用ですが、いざ実行するとなると、容易ではないのです。このことが本当に実践できたら、その人は最高の幸せの境地に入れるでしょう。
過去はもうなく、明日はまだない、この「今」を生きよ
私たちはいつも、自己に囚われ、名に囚われ、そして自己が歩んできた過去に囚われ生きています。ですが、自己や名前や過去への思いや囚われは、自分が向上するための、ブレーキか、重荷になりこそすれ、決してプラスにはならないのです。自己も、名も、過去も、何ら実体はないのに、ただ”ある”と思いこんでいるにすぎません。
過去に囚われない生を生きるには、今朝の目覚めを”生”と思い、夜の眠りを”死”と思う、一日一生を積み重ねていくことです。毎日が決算の人生こそ生の充実があります。
仏教の教え「八正道」
仏教の教え「五戒」
仏教の教え「六波羅蜜」
巡礼の記録
涅槃仏
仏舎利
ブッタガヤ
ブッタガヤの大塔
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クシーナガラの大涅槃寺
仏舎利
祇園精舎の鐘
祇園精舎の鐘楼
祇園精舎の跡
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